タイの政治

人権と民権を保障した人々のための新憲法は、経済危機で大きな打撃を受けていたタイ国民に前進する希望を与えました。タイの政治体制は、イギリスをモデルにしたと言われる立憲君主制ですが、1997年の新憲法施行以前には任命制の上院のほうが選挙制の下院よりも優位な立場にあり、実質的には政治の大きな部分は軍が掌握しているような状態で、とても一般的な議院内閣制とは比較にもならない政治体制でした。

1997年にタイ経済が破綻したその2ヵ月後、タイ議会は初めて民主的に作られた新憲法を可決したのです。その後、1997年の新憲法のガイドラインに沿って行われた2001年の総選挙では、莫大な資金力を背景にしたタイ愛国党党首のタクシン・シナワットが圧勝しました。

タクシン首相は、強力なリーダーシップを発揮してタイ経済を建て直しましたが、最近では強引とも受け取られかねないその手法に異を唱える世論が拡大してきました。そのため、タクシン首相は国会を解散して総選挙に臨みましたが、野党の総ボイコットなどで選挙が無効となり、現在は政治的には多少混迷した状況が続いています。

1997年11月、一度は手腕不足で不信任となり退任したチュワン氏が、再び選挙で政権に返り咲き、タイ経済の建て直しに一定の実績を残しました。1992年に起こった軍政内閣の退陣デモで多くの人の命が失われ、国王の介入のもと、軍政内閣の解散と総選挙を経て、それまでとは全く違った軍人でもない財界人でもない、誠実でモラルの高い民主党のチュアン・リークパイ首相が選ばれたことなどを契機にして、民主的な新憲法や民主主義政治に対する機運が高まってきました。