タイの国家体制

タイは、正式名称を「タイ王国」といい、タイ語では「プラテート・タイ」と言って「自由な国」という意味があります。タイは、近隣アジアでは唯一これまでどこの国の支配も受けず植民地にもなることなく、独自の文化と発展を遂げてきた国です。

現在の国王は、プーミポン・アドゥンヤデート大王で、1946年に即位して以来、実に60年にわたり国家元首として在位されており、2006年の6月に在位60周年の記念式典が催され、日本の天皇陛下や皇后陛下をはじめ世界各国の王室・皇室関係者がお祝いに参加されていました。
国家元首である国王は、政治の場には直接関わらず干渉もしないことになっていますが、タイ人の95%が信仰する上座部仏教の最高の体現者という立場でもあり、タイ国民にとっては尊く神聖な対象でもあるため、政治の場や国民への絶対的な影響力があります。
これまでにも、政情の不安定なときや対立が極化したときには国民の前で政治の流れを誘導し、政党のリーダー達もその教えに従ってきました。

その優れた人格と知性、卓越した行動力は国民からの絶大な支持と尊敬を集めており、タイ王国は、名実ともに国王の下に国民がまとまっている国とも言えるでしょう。

タイの経済

1990年代に入ってからのタイの経済成長は、新興工業国のトップレベルに達する勢いで、香港や韓国、台湾、シンガポールに続く5番目のアジア地域のリーダーに仲間入りする日も間近とも言われるようになってきました。その後、変動相場制へ移行して、IMFや日本の支援を仰ぎながら経済は順調に回復しました。

ちょうどその頃、日本も円高を背景として多くの企業がタイに進出し、タイの経済活動にも大きな貢献をしてきました。その結果、タイでは7月にバーツの切り下げに踏み切りましたが、その影響で自国のみならず東南アジア全体を経済危機に陥れることになったのでした。

2000年にはIMFからの短期借入期限前返還を可能にするまでになり、2002年末には健全な経済状況にまで回復して、その後も経済成長率が6%台を維持するまでになっています。ところが、1997年にこれまで20年間続いてきたアジアの好景気は破綻をきたし、タイもそれまでドルにリンクしていたバーツの切り上げが原因となったバブル景気に破綻をきたしました。

タイの経済は、1980年代後半から堅調に推移して順調な伸びを示し、東南アジア有数の経済国になりました。

タイの気候

雨季は、雨の多くなる季節ですが、雨季の初期にはそれほどでもなく、数日に1回スコールが降る程度ですが、雨季も半ばになると連日大雨と雷が続くこともあり、雨で気温が下がって比較的過ごしやすい季節でもあります。タイは熱帯に属し、1年の平均気温が約29度と1年中温暖な気候が続きますが、1年の気候は3月から5月にかけての暑季と呼ばれる最も暑い季節、6月から10月にかけての雨季と呼ばれる雨の多い季節、11月から2月にかけての乾季と呼ばれるもっとも過ごしやすい季節と3つの季節に分けられます。

外出には、日射病予防に帽子が必須となる季節です。また日が暮れてからも気温が30度から下がらずとても暑い熱帯夜が続くこともあります。

大雨といっても朝から晩まで降り続くようなことは滅多に無く、雨が上がっているときには比較的快適に観光することもできる季節です。乾季は、一年で最も過ごしやすい季節で、朝方などはバンコクでも気温が15度くらいの時もあり、観光するのにも快適とで滞在にはベストシーズンとなります。

タイ正月のソンクラーンで水掛けが行われるのが、この季節の一番暑い時期となる4月です。暑気の平均気温は約30度ですが、日中には40度を超える日もあって、そんな日には炎天下を歩くことさえままなりません。

 

タイの人種と言語

華人の中にはタイ族との混血化が進んで同化した人々も数多く、タイ社会の政治・経済の中心的な存在になる人も多くいます。現首相のタクシンさんや前首相のチュアンさんもその華人のひとりです。そして、残りの10%が、カンボジア国境近くに住むクメール族、北部山岳地帯に住む少数民族、南部のパッタニー地方に住むマレー族となります。

タイでは、他の諸国と比べると、比較的民族紛争が少ないのですが、唯一現在でも根深い問題を抱えているのが、パッタニー地方のマレー族とタイ族の対立です。人口比率的には東北のタイ・ラオ族が一番多いのですが、政治・経済的には中央部タイ族が一番優位を保っており、中央部タイ族で使われているタイ語方言が標準タイ語として、タイの公用語にもなっています。

北部には北部タイ族、東北部にはタイ・ラオ族、南部にはパク・タイ族、そして中部には中央部タイ族が暮らしています。タイ国民の約75%がタイ族ですが、タイ族の中にも大きく分けて4つの種族があって、それぞれが独自の文化を持ち、独自の方言を話しています。

約15%占める華人は、他のアジア諸国にいる架橋とは大きな違いがあり、多数派であるタイ族の中にうまく溶け込んで、互いに良好な関係を持ちつつ発展してきています。この紛争は、18世紀にパッタニー王国が当時のタイ・チャクリー王朝に支配されて今なおその因縁が続いているということと、上座部仏教を信仰するタイ族とイスラム教を信仰するマレー族との宗教的な対立という2つの背景があり、今なお問題を解決する糸口が見つからずに、凄惨なテロが繰り返されています。

 

タイの政治

人権と民権を保障した人々のための新憲法は、経済危機で大きな打撃を受けていたタイ国民に前進する希望を与えました。タイの政治体制は、イギリスをモデルにしたと言われる立憲君主制ですが、1997年の新憲法施行以前には任命制の上院のほうが選挙制の下院よりも優位な立場にあり、実質的には政治の大きな部分は軍が掌握しているような状態で、とても一般的な議院内閣制とは比較にもならない政治体制でした。

1997年にタイ経済が破綻したその2ヵ月後、タイ議会は初めて民主的に作られた新憲法を可決したのです。その後、1997年の新憲法のガイドラインに沿って行われた2001年の総選挙では、莫大な資金力を背景にしたタイ愛国党党首のタクシン・シナワットが圧勝しました。

タクシン首相は、強力なリーダーシップを発揮してタイ経済を建て直しましたが、最近では強引とも受け取られかねないその手法に異を唱える世論が拡大してきました。そのため、タクシン首相は国会を解散して総選挙に臨みましたが、野党の総ボイコットなどで選挙が無効となり、現在は政治的には多少混迷した状況が続いています。

1997年11月、一度は手腕不足で不信任となり退任したチュワン氏が、再び選挙で政権に返り咲き、タイ経済の建て直しに一定の実績を残しました。1992年に起こった軍政内閣の退陣デモで多くの人の命が失われ、国王の介入のもと、軍政内閣の解散と総選挙を経て、それまでとは全く違った軍人でもない財界人でもない、誠実でモラルの高い民主党のチュアン・リークパイ首相が選ばれたことなどを契機にして、民主的な新憲法や民主主義政治に対する機運が高まってきました。

タイ・バンコク情報

●正式国名 :タイ王国 Kingdom of Thailand(タイ名:プラテート・タイ)

●首  都 :バンコク(タイ名:クルンテープ)□面 :514000k㎡

●元  首 :プーミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世)

●政体 :立憲君主制

●民族構成 :75%がタイ族、華人15%、その他マレー族、山岳少数民族

●宗  教 :仏教95%、イスラム教3.8%、その他キリスト教、ヒンズー教

●言 :タイ語

●気  候 :熱帯

 

 

●人 口:6197万人(2004年)

●通 :バーツ(Baht) 1バーツ=約3.1円(2006年7月)

●GDP  :1人当たり2722ドル(2004年)

●時 :-2時間

●所要時間 :約6時間(成田-バンコク)

●電話 :国番号66

●電気 :220V 50Hz プラグタイプ A/BF/C

●VISA :30日以内の滞在には不要

タイ料理レストラン

おすすめのタイ料理店タイへ行かれた時は是非立ち寄ってみてはいかがでしょう。

◆オームトーン本格的高級タイ料理店で、古典楽器の演奏も楽しめる。辛い中にも複雑な味わいがありさすがに超一流。高級タイ料理を洗練されたサービスで味わうのなら一押しのお店です。

◆アナ・ガーデン夕方から開店するオープンエアの庭が自慢のレストラン。値段は比較的リーズナブルでも、本格的な伝統的タイ料理が味わえます。

◆クルア・ラカントーンチャオプラヤー川対岸、川を挟んで王宮のほぼ向いにあるこのレストランは、対岸のタマサート大学の学生や教職員お勧めのレストラン。ローカル向けの容赦ない味付けで少し辛いが、本格的なタイ料理がリーズナブルに味わえます。

◆アイ・ディン・クリン・クロック店構えはごく普通の食堂で気軽に入れるお店。カイチアオ入りトムヤムなど一風変わった料理が楽しめて、値段はリーズナブル、味は絶品です。

◆トンタイオリエンタルホテルの裏にある小さな雰囲気のある高級タイ料理のお店。10席ほどしかない店内は、モダン・チャイナ風の洒落たインテリアで、サービスも行き届いています。場所柄、欧米人の上品な客が多く、白人好みの薄味で日本人にも合うあっさりした味付けになっています。